賃貸物件の退去のときに高額な費用を請求されて「この退去費用ぼったくりなんじゃないの?」と思ったことありませんか?
この記事では、賃貸物件解約時の退去費用の目安と算出方法を不動産実務経験20年のFPが解説し、正しい退去交渉のやり方と注意事項を説明します。
これから賃貸物件から退去する予定の人だけでなく、原状回復のトラブルが不安な大家さんも参考にしていただければ幸いです。
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● この記事の内容
- 原状回復ガイドラインや民法621条の実際の運用を理解していない不動産会社、賃貸オーナーは多く、原状回復費用を水増しして利益にしている会社もある。
- ガイドラインで定められている通常の使用のハードルはけっこう高い。
- 耐用年数が経過していても、賃借人の善管注意義務違反で修繕が必要な場合には、工事にかかる人件費・工賃は請求されることがある。
- 一般的な見積もりでは、部材の金額と工賃は合計して書かれていて、クロスなど材料費の安いものは費用の大半が工賃などの人件費(場合によっては賃借人が負担することになる可能性がある)
● 先読み この記事の結論
ガイドラインが入居者に求める注意義務はそれなりにハードルが高いので入居中は掃除を欠かさず室内はきれいに使うことで退去費用を節約できる。入居時に写真を撮り、傷や汚れの証拠を残しておくことも大切です。
目次
そもそも敷金とは?
賃貸契約中に大家さんが入居者から預かるお金です。
預かっているだけなので、契約終了後には返すことになるのですが、実務上は賃料の不払いや未払いの補てん、退去時の修繕負担で使われて差額を返金するのが一般的です。
退去費用の算出方法は原状回復ガイドラインで決まっている
原状回復ガイドラインとは賃貸住宅の退去時における原状回復をめぐるトラブルの未然防止のため、賃貸住宅標準契約書の考え方、裁判例及び取引の実務等を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方について、妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインまとめたものです。
原状回復ガイドラインによると原状回復とは賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反(※1)、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧することで、復旧のための費用は賃借人負担とし、経年変化、通常の使用による損耗等(※2)の修繕費用は賃料に含まれるものとしました。
※1 一般的・客観的に要求される程度の注意を払う義務のこと
※2 普通に暮らしていれば起きる損耗のこと、家具を置いていたことによるカーペットのへこみや畳の日焼けなど
簡単に言えば、原状回復の対象となるのは、賃借人の故意・過失・注意義務違反などによって起きた傷だけで、借りた時と同じ状態に戻す必要はないということです。
入居者負担となる傷や汚れの例
- 不注意でつけてしまった床や壁の傷
- 飲みこぼしを放置してできたシミ
- 掃除をしなかったためにできた水垢やカビ
- タバコによる壁の黄ばみや臭い
- ペット飼育によってできた壁や床の傷
- 結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ
- 台所の油汚れを放置したことにより拡大したススや油汚れ
- 壁等のくぎ穴、ネジ穴のうち下地ボードの張替が必要な程度のもの
- 戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草
経年劣化と原状回復
原状回復費用は「経年劣化と通常損耗分は賃料に含まれる」という考え方が基本です。
経年劣化などで起きない傷や汚れを対象にして、内装材や設備の耐用年数と入居年数を踏まえて原状回復費用を算出します。
ガイドラインによると、クロスの耐用年数は6年、エアコンは6年、便器やユニットバスなどは15年となっています。耐用年数を経過した設備は1円となります。
フローリングは部分補修については、経過年数を考慮しないが、フローリング全体を張り替えた場合は、経過年数を考慮するというように部材によってケースバイケースで対応するものもあります。
耐用年数を超えた設備等を含む物件であっても、賃借人は注意を払って使用する義務を負っていますので、6年経ったクロスは不注意で傷つけてもいいというわけではありません。
1円のクロスを張り替えるためにクロス職人の人件費を支払うことになりますので気をつけてください。
補修工事の施工単位
原状回復は、毀損部分の復旧であることから、可能な限り毀損部分に限定することが基本的な考え方です。
ただし、他の面との色や模様あわせを実施しないと商品価値を維持できない場合は一面や一室などの単位となる場合があります。
例えば、クロスの部分補修をしても、その部分の張替えが明確に判別できるような状態の場合には毀損箇所を含む一面分の張替費用を、毀損等を発生させた賃借人の負担とすることが妥当とされています。
原状回復工事の費用目安
原状回復でよく行われる工事内容の費用目安を紹介します。
工事費用は部材の価格ではなく、人件費・工賃を含んだものです。
ここで紹介する金額に原状回復ガイドラインから算出された負担割合をかけると入居者が負担する金額になります。
壁紙の張り替え費用の目安
1㎡あたり900円~1,500円程度。(張り替えるクロスの材質等によって値段が変わる)
張り替えの面積は床面積の3.5~4倍が目安。
床面積が20㎡の場合
20㎡×4×クロスの単価となります。これで壁・天井がカバーできます。
もし、単価1,000円のクロスなら80,000円となり、入居期間が3年なら50%を負担することになりますから40,000円が入居者の負担となります。(入居前に新しい壁紙に張り替えられていたと想定)
廃材処分や下地処理などの費用が別途となる場合があります。
フローリングやクッションフロアの張り替えの目安
・クッションフロアの張り替え
→1㎡あたり3,000円程度~
・フローリングの張り替え
→1㎡あたり5,000円程度~
・巾木の交換
→1mあたり550円~
※材質により値段が変わります。特にフローリング。
別途、廃材処分などが必要となります。
畳・襖の表替えの目安
・畳の表替え
→1帖5,000円程度
・襖
表替え→1枚3,000円程度
裏→2,000円程度
別途、廃材処分などが必要となります。
ハウスクリーニング費用の目安
1R・1K 25,000円~
1LDK・2DK 35,000円~
2LDK・3DK 45,000円~
3LDK・4DK 55,000円~
エアコンクリーニング 1機 15,000円~
民法改正で原状回復義務は?
2020年4月1日から改正民法が施行されました。
これまで規定のなかった賃貸借についてはガイドラインや東京ルールで運用してきたことを、そのまま条文に落としこんでいるようです。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない
民法621条
敷金をなるべく多く返してもらうための生活のポイント
まず、入居時に写真を撮り、傷や汚れの証拠を残しておくことが大切です。撮った写真は不動産会社や大家さんにも確認してもらうと良いでしょう。
入居中は掃除を欠かさず室内はきれいに使うことも大切です。日常の掃除をしなかったことで汚れが取れなくなった場合には注意義務違反とされるケースが多く、その修理費用は全額入居者負担となってしまいます。
〇注意義務違反の例
- 部屋の床に飲み物をこぼしたのに放置した結果、フローリングにカビが生えた
- 結露を放置して、窓枠が腐敗した
- 水回りの清掃を怠ったためにカビや著しい汚れが発生した
- キッチンの清掃を怠ったために著しい油汚れが発生した
モデルルームのようにする必要はありませんが、最低限の掃除は欠かさないようにしましょう。
退去費用交渉のポイント
ネット上には敷金トラブルで管理会社や賃貸オーナーと争い敷金を取り戻したという内容や退去費用をゼロにする方法などというタイトルで敷金を返してもらう方法を教えてくれたりします。
しかし、不動産実務経験者から見ると「それって本当に正しいの?」という内容もたくさんありますし、一歩間違えれば大家さんに訴えられたら退去費用以上の損害が出そうな内容のものもあります。
実務で退去交渉のポイントとなるのは傷の原因と補修工事の範囲、費用負担割合がほとんどです。
その傷は何が原因でできたものなのか、過度に広い範囲で工事が行われていないか、負担割合は適切なのか確認しておかしなところがあれば交渉してみましょう。
少なくなっていますが、入居期間による負担割合が考慮されていないケースや、特約なしにクリーニング費用を入居者に請求しているケースもあるようです。
ごく一部の傷なのにクロスの全面張替えを予定しているなど、工事の範囲は大きく設定されていることが多いので、そんなに広い範囲の工事が必要か確認してみましょう。
原状回復ガイドラインは入居者のためにあるのではなく、入居者と大家さんのトラブルを防ぐためにあるものです。
借主、貸主お互いにガイドラインを理解して負担の割合を決めてください。
ネットやSNSには管理会社と交渉して敷金を取り戻したとか、退去費用はゼロにできるなどといった武勇伝のような記事がありますが、大家さんは訴訟となった場合の裁判費用、その部屋が稼働しないことによる遺失利益を考えて、入居者側の言い分をのんでいるだけの場合もあります。
本当に訴訟になっても勝てるのか事前に確認しておかないと痛い目にあうこともあるので注意しましょう。
参考として、原状回復ガイドラインの耐用年数超過を主張するものの、棄却されクロスの張替を費用を賃借人負担とした判例を紹介します。
耐用年数を経過する壁クロス張替費用等の原状回復義務はないとした賃借人の主張が否定された事例(東京地判 平28・12・20 ウエストロー・ジャパン)
・概要
平成19年12月アパートの1室を借り受け、8年間居住後の平成28年1月8日に退去した。
賃料:105,000円/月 敷金:105,000円
原状回復費用186,015円(税込)及び未払日割家賃28,000円の計214,015円と敷金との差額(不足額)109,015円の支払を入居者にに請求したが、入居者は、敷金から控除できる金額
は6,902円しかないとして、差額98,098円の敷金返還を求めて訴えを提起した。
・入居者の主張
①ハウスクリーニング費用は賃貸人が通常負担すべきものであり、本件賃貸借契約において賃借人負担の特約も存在しない。
②「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」によれば、壁クロスの耐用年数は6年であり、本件物件明渡しの時点での価値は0円または1円である。
③各種傷破れや雑誌の張り付きは存在しないか、通常損耗である。
④オーナー側の都合で退去日が翌月8日に越月したものであり、日割家賃は発生しない。
・オーナーの主張
①ハウスクリーニング費用48,000円
本件物件の使用態様は劣悪で、原状回復に要した費用は20万円相当であり、少なくとも約4分の1に当たる48,000円を負担すべきである。
②壁クロス張替費用 計34,637円
居室・トイレに多数の傷破れ・汚れがあり、少なくとも修繕費用の半額を負担すべきである。
③床クッション材張替費用 計35,000円
長年放置されて剥がすのが困難な雑誌の張り付きや焼け焦げが広く多数あり、修繕費用の10分の1を負担すべきである。
④その他 計54,600円
流し台引出し・浴室ドアの破損による交換代の一部、エアコン残置物撤去費用等
⑤退去日までの未払い日割り家賃 28,000円
・判決
裁判所は、少なくとも敷金額以上の原状回復費用負担義務があると判示して、敷金返還請求を棄却した。
①ハウスクリーニング費用について
賃借人としての善管注意義務に反して本件物件を使用しており、その使用状態のまま本件物件を明け渡したと認められる。価値の上昇分を差し引いた48,000円を原状回復費用として認めることは相当である。
②壁クロス張替費用
壁クロスの耐用年数は6年とされ、本物件における残存価値は最大で1円であると主張するが、仮に耐用年数を経過していても賃借人が善管注意義務を尽くしていれば、張替えは必須ではなかった。
台所の壁クロスの張替えには、少なくとも17,000円程度の費用が掛かり、その半額である8,500円を原状回復義務の不履行に基づく原状回復費用として認めることは相当である。
③その他
床の雑誌の張り付きや汚れ、流し台引出しや浴室ドアの破損についても賃借人としての善管注意義務違反が認められ、これらが耐用年数を経過していたとしても、賃借人が善管注意義務を尽くしていれば交換を行う必要はなかったものであり、これらに対する費用総額96,000円の内、52,000円を原状回復義務の不履行に基づく原状回復費用として認めることは相当である。
賃貸の退去費用 まとめ
・原状回復ガイドラインや民法621条の実際の運用を理解していない不動産会社、賃貸オーナーは多く、原状回復費用を水増しして利益にしている会社もある。
・退去費用をゼロにできるといっている人も善管注意義務にはあまり触れないので、注意。
・通常の使用のハードルはけっこう高い。
・耐用年数が経過していても、賃借人の善管注意義務違反で修繕が必要な場合には、工事にかかる人件費・工賃は請求されることがある。
・一般的な見積もりでは、部材の金額と工賃は合計して書かれていて、クロスなど材料費の安いものは費用の大半が工賃などの人件費
・実際に裁判になると賃借人が負けるケースもある。ネット上の体験談はオーナー側が面倒を嫌い争いを避けただけのケースがあるので鵜呑みにしてはいけない。
・敷金をなるべく多く返してもらうには?
①入居中は掃除を欠かさず室内はきれいに使う
②入居時、退去時に写真を撮り証拠を残しておく
③善管注意義務違反がないと確信できる請求は支払いを拒否しても良い